私が大阪の医学部専門の予備校に通えるのは祖父のお陰

私が大阪の医学部専門の予備校に通えるのは祖父のお陰

我が家が医者一家だということは、前述しました。
今回は簡単に我が家の家計図を説明したいと思います。
我が家の医者一家となる始まりは、祖父からはじまります。
祖父の家族はその当時とても貧しかったと聞いております。
おそらく、祖父の時代だったら、私は大阪の医学部専門の予備校になど通うことは出来なかったでしょう。
ただ、本人曰く、祖父は地元では神童と呼ばれるほど頭が良く、祖父の家族では到底通わすことが出来ない学校に、地元のお金持ちが援助をしてくれて、医者を目指す道が開かれたと聞きます。
とはいえ、苦労の連続だったと祖父は言っていました。
ようやく一人前になり、地元で受けた恩を返すために祖父は地元も帰って、病院を開業したと言います。
祖父が病院を開業した当時は、まだ町は田んぼばかりだったようですが、ちょうど交通整備がされて、鉄道が通るようになると、町は一気に発展し、祖父の病院もそれに伴って大きくなったといっていました。
そのお陰で、私は大阪の医学部の予備校に通えるのです。


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